バツイチ子持ちの私、母の介護、父との確執、不義理な兄たちとの遺産相続争い、成人する娘へのけじめ、唯一の癒しとなる愛猫のお話です。創作ではありません。
そこに愛はありますか?…突然の介護から…
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自分の40代の終わり
2012-07-17-Tue  CATEGORY: 介護と兄弟関係
自宅介護の生活をはじめて、もうすぐ1年になろうとしていた。

酸素マスク、痰の吸引など、医療器具を使用しての介護も
すっかり板に付いてきた私は、変にブランクがあって訪問看護になった人や
ベテランのヘルパーさんよりも、はるかに上手くこなせていた。

猫の「ゆき」もすっかり母のお気に入りとなり、母のベッドのまわりを
うろうろする姿や、テレビの前で母を見守る姿に、母はいつも笑っていて、
アニマルセラピーの効果絶大だった。

向かいのMさんが、夜11時の1日の最後の介護時間に
よく付き添ってくれていた。
翌朝、私はまた5時に母のところへ行くが、私の玄関ドアの音や
鍵につけている鈴の音がしないと、Mさんの旦那さんも
出勤前で起きていて、Mさんに「お向かいは寝坊してないか?!」と
いつも気にかけてくれていたらしい。

皮肉なもので、「遠い親戚より近くの他人」とは良く言ったものだと
思った。お向かいの夫婦の親切がとても身にしみた。

そんなことをしながら、またペグ交換の時期となり、母は検査も兼ねて
再入院した。
この入院中は、すべてうまく運び、2週間で問題なく退院したので、
その間は、私には半年ぶりの休暇となった。

2月に入り、私は50歳の誕生日を迎えた。
40代半ばから母の介護と自分の病気との共存生活になり、
なんの良い思い出もなく40代を終え、
とうとう50代になってしまった、ため息が出た。
介護生活をはじめて6年になろうとしていた。

身内の愛情をこれっぽっちも感じないままに
ずっとやってきて、これがいつまで続くのだろうと
不安な日々だった。

それから半月後、ある日曜日、いつもと同じように母の部屋で
朝の介護を済ませたが、痰の吸引をしてもまだ呼吸がゼイゼイ言うのが
気になっていた。下痢もしていた。
少し気になりながらも一度自分の部屋に戻って他の用事をしていたら
まもなく三男夫婦が母を見舞いにきていて、母が吐いたと電話があり、
私もあわてて降りて、入院するかどうかを相談していた。

日曜日なので午後2時に長男嫁も来て、みんなで相談し、
休みの日のうちに搬送するほうが安心だと言うことで、荷物をまとめ、
救急車を呼んでいつもの病院に搬送してもらい即入院した。

具合は悪いはずなのだが、久しぶりに私以外にも兄夫婦たちと合わせて
みんなに囲まれて母はうれしそうにしていた。

つづく
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