バツイチ子持ちの私、母の介護、父との確執、不義理な兄たちとの遺産相続争い、成人する娘へのけじめ、唯一の癒しとなる愛猫のお話です。創作ではありません。
そこに愛はありますか?…突然の介護から…
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次男嫁の奇行と酸素ボンベ
2012-07-16-Mon  CATEGORY: 介護と兄弟関係
肺炎で緊急入院となり、1ヶ月が過ぎようとしていたころ、
偶然以前にいた特養の施設長とコンビニの前で会い、挨拶をかわした。
施設長は私の顔を見るなり「先日また次男嫁さんが来はってね、
私は不在やってんけど、施設長を出せって怒鳴って帰ったらしいです」
と言われた。

どうも前回から半年ほど経っているので、次男嫁は季節の変わり目になると
いつも何か連絡をしているようだと言ってため息をついていた。

弁護士にはまだ相談していないとも言っていた。
私はすでにこの変人「次男嫁」とは関わりたくなく、
とにかく親族として謝るしか返事のしようがなかった。

その1週間後、母は1ヶ月ぶりに退院して自宅に戻った。

しかし今回の退院時には酸素ボンベを業者に手配してもらって、
常に酸素ボンベを着用することになってしまった。

やはり、徐々に体力が落ちてきていて、薬も増え、
器具も増えることが悲しかった。
だが、酸素ボンベをしているお陰で呼吸も安定し、
ここから年明けまで無事に過ごすことができ、
ペグ交換入院までの3ヶ月は自宅で穏やかに介護ができた。

つづく

介護猫「ゆき」
2012-07-14-Sat  CATEGORY: 介護と兄弟関係
この2日間で記載した私の仕事と介護をしながらの
あわただしい毎日の中、春から夏へと時が流れていた。

7月初めに「ゆき」の誕生日として、1歳になり、
やっとワクチンも接種できた。

「ゆき」は私が1日のうち、何回も母の部屋と私の部屋を
出入りする度に、私に付き添って一緒にいるようになった。

ゆき9ヶ月1
母の部屋での「ゆき」

母も「ゆき」がやってくるのを楽しみにし、
「ゆき」もしっかりと母が動けない病人であることを認識し
おとなしく母のそばに座り、私が介護する間は
少し離れて、それを見守ってくれていた。

訪問サービスの人たちにも人気となり、何人もの人たちに
癒しパワーを放っていた。

殺伐とした兄やその家族、ちっとも手伝わずに自分の青春のみを
謳歌していた娘、責任問題ばかりを気にする施設の人たち…

そんな人たちとばかり接してきてすっかり人間不信になった私は
「ゆき」にどれだけ救われたことだろう。
ゆき11ヶ月1


つづく
週末の自宅介護のスケジュール
2012-07-13-Fri  CATEGORY: 介護と兄弟関係
昨日の記事につづき、私のスケジュールである。

【土曜日】
この日も仕事は休みである。だが朝はいつもと同じ朝5時半には母の部屋へ。
朝の介護をすべて済ませたら、自分の部屋にもどって掃除、洗濯など。
この間の午前9時半ごろ、訪問介護のヘルパーがオムツ交換をしてから、
母の部屋の掃除をしてくれる。
午前11時半、いつも昼休みにやっている昼の介護を済ませ、
私は自分の昼食を済ませたら、車でホームセンターなど遠いが安いので
消耗品などをまとめて購入しに行く。
この間の午後2時半、訪問看護の看護師がオムツチェック、バイタルチェック、
痰の吸引をしてくれる。
午後4時半、仕事を終えて私が再度母の部屋へ入り、訪問看護の連絡帳に目をとおす。
オムツチェック、痰の吸引をしてラジオかテレビか母のその時の様子で決めて、
母が元気ならば車いすに座らせる。
午後5時半、三男嫁が母の部屋へ。夕食ほかを介護して1時間ほどで帰る。
私は三男嫁に任せて自分の部屋へもどる。
この時間は私も仮眠することが多い。
後9時に訪問介護のヘルパーがいつも通り来てくれるので必要なときは
私も母の部屋に降りて立ち会う。
その後自分の入浴を済ませて私は1日最後の母の介護をしに母の部屋へ。
オムツ交換(摘便)、痰の吸引、顔、口腔内の清拭を済ませて、
母におやすみの挨拶をして、母も手をあげて答えてくれる。
ラジオを切って電気を消して、ドアを閉めて自分の部屋にもどり、就寝する。

【日曜日】
仕事はもう1日休みである。朝はいつもと同じ朝5時半には母の部屋へ。
朝の介護をすべて済ませたら、自分の部屋に戻って出来ていない用事を済ませる。
途中、吸引をしに母の部屋に降りるが、たいがい母はよく眠っているので、
せずにまたもどることが多い。
午前11時半、いつも昼休みにやっている昼の介護を済ませ、
私は自分の昼食を済ませる。
午後2時半、長男嫁が、日曜日はヘルパーの仕事が休みなので、
母の介護にきてくれる。連絡事項をいつもメモで置いておく。
パジャマの交換と身体の清拭もお願いしている。
三男嫁がいつもやっていること、午後9時の訪問ヘルパーがやってくれていることを
してもらっている。
夕方に一度、私が痰の吸引をしに行く。
痰の吸引は看護師か私しかできない。
その後自分の入浴を済ませて私は1日最後の母の介護をしに母の部屋へ。
オムツ交換(摘便)、痰の吸引、顔、口腔内の清拭を済ませて、
母におやすみの挨拶をして、母も手をあげて答えてくれる。
ラジオを切って電気を消して、ドアを閉めて自分の部屋にもどり、就寝する。

これが1週間の自宅介護の主な内容である。

我ながら私は年中無休である。母が倒れてから、旅行はもちろん、
日帰りの外出などもしていない。
娘が成人してやっと自分の時間ができる時期だったのだが、
結局は介護で40代を終えてしまった。

つづく
介護の集大成
2012-07-12-Thu  CATEGORY: 介護と兄弟関係
母が倒れて何年も介護を続けていた私は、看護師、介護士
医師、ケアマネージャーなど、すべての人が驚くほど
やりこなしていた。

この最後の自宅介護の時は、まさに今まで培ってきた技の
集大成のようだった。

私の1週間のスケジュールを振り返ると…

【月・火・水・金曜日】
朝5時に起きて顔をあらって着替え5時半に母の部屋へ
ラジオをつけて、母に挨拶をし、母も手をあげて答えてくれる。
オムツ交換(摘便)、痰の吸引、検温、血圧測定、顔と口腔内清拭、
髪をとかし、ペグからの薬と朝食の注入、ペグまわりのガーゼの交換、
カテーテルチップ(注入用の注射器)ペグチューブの洗浄、
チェック表への記入と済ませ、自分の部屋にもどる。
仕事の支度と朝食をして8時までに仕事へ。
仕事をしている間に訪問看護の看護師がオムツチェック、バイタルチェック、
痰の吸引をしてくれる。
午前11時半、仕事場から昼休みに母の部屋へ。
訪問看護の人の連絡帳をチェックして、オムツ交換(摘便)、痰の吸引、
ペグからの薬と昼食の注入、ペグまわりのガーゼの交換、
カテチップとペグチューブの洗浄、チェック表への記入と済ませ、自分の部屋へ。
軽く自分の昼食を済ませ、午後1時半に仕事に戻る。
仕事中に午後の訪問看護の看護師がオムツチェック、バイタルチェック、
痰の吸引をしてくれる。
午後4時半、仕事を終えて私が再度母の部屋へ入り、訪問看護の連絡帳に目をとおす。
オムツチェック、痰の吸引をしてラジオかテレビか母のその時の様子で決めて、
母が元気ならば車いすに座らせる。
午後5時半、三男嫁が母の部屋へ。夕食ほかを介護して1時間ほどで帰る。
私は三男嫁に任せて自分の部屋へもどり、洗濯や時には買い物、夕食、
メールチェックや財産後見人への報告書作成、テレビをみたりしている。
午後9時に訪問介護のヘルパーがオムツ交換、手足のマッサージなどをして、
最後に1日のオムツのゴミをまとめてくれて、帰り際に捨ててくれる。
ヘルパーとはメールでやりとりをしていて、必要なときは私も母の部屋に
降りて立ち会う。
その後自分の入浴を済ませて私は1日最後の母の介護をしに母の部屋へ。
オムツ交換(摘便)、痰の吸引、顔、口腔内の清拭を済ませて、
母におやすみの挨拶をして、母も手をあげて答えてくれる。
ラジオを切って電気を消して、ドアを閉めて自分の部屋にもどり、就寝する。

【木曜日】
仕事は休みの日である。だが仕事の日と同じように朝5時に起きて顔を洗い
着替え5時半に母の部屋へ。
ラジオをつけて、母に挨拶をし、母も手をあげておはようと答えてくれる。
オムツ交換(摘便)、痰の吸引、検温、血圧測定、顔と口腔内清拭、髪をとかし、
ペグからの薬と朝食の注入、ペグまわりのガーゼの交換、カテーテルチップ(注入用の注射器)
ペグチューブの洗浄、チェック表への記入と済ませ、消耗品在庫確認をする。
(オムツ、注入食、吸引チューブ、ティッシュ、お尻ふき、ガーゼ、などなど)
午前8時ごろ、訪問診療の医師が来てくれる。
バイタルチェックをして、内診をして、薬の処方箋を出してくれる。
医師が帰ってから、オムツ交換して、私は自分の部屋にあがり、
ファックスで処方箋を薬局へ送り、薬をペグ注入用に粉砕して置いてもらう。
薬局からの電話連絡で薬局へ薬を取りに行く。
この時に必要ならば区役所や銀行など平日にしかできない手続きもする。
持って帰った薬を毎食時に服用する分ずつを小袋に仕分けして置いておく。
薬の処方は2週間に一度なので、薬局へ行かなくていい週は、
母の爪切りや耳かき、顔そりなどもする。
午前11時、オムツ交換(摘便)、痰の吸引、ペグからの薬と昼食の注入、
ペグまわりのガーゼの交換、カテチップとペグチューブの洗浄、
チェック表への記入と済ませ、訪問入浴の準備をする。
湯船にお湯を貯めておく。(訪問入浴は寝て入れる大きさのバスタブを持ってきて、
ポンプで湯船のお湯をくみ上げながら、別のホースで排水口に循環してお湯を捨てる)
訪問入浴のひとは3人で1組でまわっている。
バンを駐車できるように私の車をマンション内の友人の駐車スペースを借りて
(親切にも無料で貸してくれている)移動させておく。
入浴中にベッドのシーツや枕カバーなどを取り替え、パジャマなどの着替えも用意する。
ペグまわりのガーゼも交換する。
母はゆったりと湯船につかりきれいに洗ってもらえるのでこの訪問入浴を楽しみに
1週間をがんばっているようなものだ。
訪問入浴のスタッフが帰ったあと、私は自分の車を戻して、
汚れたシーツなど大量の洗濯をする。
母はその間はたいがい昼寝をしている。
午後5時、オムツチェック、痰の吸引をしてラジオかテレビか母のその時の様子で決めて、
母が元気ならば車いすに座らせる。
午後5時半、三男嫁が母の部屋へ。夕食ほかを介護して1時間ほどで帰る。
私は三男嫁に任せて自分の部屋へもどり、自分の用事を済ませる。
午後9時に訪問介護のヘルパーがいつも通り来てくれるので、
必要なときは私も母の部屋に降りて立ち会う。
その後自分の入浴を済ませて私は1日最後の母の介護をしに母の部屋へ。
オムツ交換(摘便)、痰の吸引、顔、口腔内の清拭を済ませて、
母におやすみの挨拶をして、母も手をあげて答えてくれる。
ラジオを切って電気を消して、ドアを閉めて自分の部屋にもどり、就寝する。
休みも仕事に日と同じくらいに忙しい。

週末に関するスケジュールはまた明日記載することにする。

つづく
自宅介護に関する事務のプロ
2012-07-11-Wed  CATEGORY: 介護と兄弟関係
退院後は、毎日が決められてスケジュール通りに時間が過ぎることが、
逆に有り難く思える日々が過ぎていった。

たくさんの介護サービスに関わる人たちがこの母の介護部屋を
出入りするので、それはそれは大変だった。

まず、部屋の鍵は、マンションなので1階ロビーの郵便ポストに
ナンバーを合わせて開ける鍵をつけ、その中に部屋の鍵を置いた。
それぞれの訪問サービスの人たちはその鍵を持って部屋を開け、
母の介護、看護などをしていた。

そのお陰で私は仕事を辞めなくて済んでいる。

どんな人が来ても何がどうなっているかがわかるように
ありとあらゆる書面を部屋に貼り付けていた。

これは↓一週間の介護の朝から晩までのスケジュール表である。
一週間の介護スケジュール
ブルーの部分は全部、私が必ず付き添っている時間帯だ。

そのほかに↓訪問して行ったサービスのチェックを入れる表…
時間ごとのチェック表

母の食事方法や嗜好品、投薬の内容など、明細を記入したもの↓
介護詳細説明書

また、↓身上後見人として裁判所に報告する業務内容の表…
身上後見人報告書

日曜日の夕方から夜の半日だけ介助にくる長男嫁への申し送り表↓など…
長男嫁への作業伝達書

日々、財産後見人に報告する経理、業務のくわしい報告書以外に
介護に関してだけでも、山ほど書類を作成し、
人が変わるたびに同じ事を説明しなくてもよいように
なるべくわかりやすく、記入しやすいものなどを作成していた。

これだけで、相当な事務の給料ももらってもおかしくない…。

つづく
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